【実話】「小さな手」【閲覧注意】

言っておくが私には、いわゆる「霊感」のようなものは無い。

巷で騒がれるような第六感もないし、虫が何かを知らせてくれた事も無い。

いや、もしかしたら私に知らせてくれた虫も居た可能性はあるのだが、いかんせん私が鈍すぎて諦めたのかもしれない。

そりゃ、虫だって自棄になる事くらいあるだろうし。

 

私は結婚をして実家を出たが、結構な時間をその家で過ごした。

5歳の時に引っ越してから、当時は新築だったその家に、25年くらい住んでいた事になる。

新築だったのだから「いわくつきの物件」なんてオチはないはずだし、「昔ここは墓地だったんだよ…」なんて裏話があるわけもない。なにせ住宅地のど真ん中で、私の実家はかなり後半にその土地に建ったのだから。

 

私の部屋は二階の右側で、左側には姉の部屋があったけれど、姉は早くに家を出たのでざっと10年は空き部屋だった。

元姉の部屋は、時々客人が寝る事はあっても、誰かがそこを定期的に使っていた事はないし、誰もいないはずのその部屋から人の気配を感じた事もない。

そう、「元姉の部屋は」だ。

 

右側に位置する私の部屋は、なんだか時々おかしなものが出る部屋だった。

 

「いつも同じ時間に白い人影が…」とか「血だらけの女の人が…」とか、そんなテレビ番組みたいな体験があったら、もっと早い段階でこういった体験談をどこかに応募したり、こうしてブログに書き連ねたりしたのかもしれない。

しかし、私の体験というのはいわゆる「霊的な体験」なのか、そうでないのか、自分でもわからないのだ。

何かおかしな体験であった事は間違いないのだが、「寝ぼけていただけだろ」と言われたらそれまでだし、写真や音声を残したわけでもないので、「ほら見ろ!心霊現象だろ!」とドヤ顔することもできない。

 

少し話が脱線するが、今現在住んでいる家の近所に、「幽霊が見える」という奥さんがいる。

その人によると「幽霊はどこにでもいる」んだそうだ。

おすそわけの野菜をもらう時に「あそこのショッピングセンターは気を付けて、悪いのがたくさん居るから」なんて普通に言われてしまっては、「わかった、気を付けるよ」としか言えなくなる。

私には見えないから、肯定も否定もできない。

見えないからって、そういう世界が無いとは言えないし、これはどれだけ議論したところで、いつまで経っても平行線をたどる内容であることはわかり切っている。みんな自分の出した結論が「正解」なのだ。それを擦り合わせようったって、上手くいかないものなんだろう。

とにかく、その奥さんによると霊の見た目ですぐに「害のあるもの」なのか「害のないもの」なのかがわかるのだそうだ。

まとっている空気の色が違うらしい。

「害のあるもの」が時々近くまで来て、耳元で何かを呟いてくる場合もあるらしく、聞こえないフリをするのに必死だった、なんてあっけらかんと話される事もあった。

『応えてしまうと、家までついてくる』そうで。

私にとっては「飲み会のネタ」にしかならない話だったが、それでも自分の知らない世界の話を聞くのは嫌いではなかった。

時々「ねぇ、今この辺にも居るの?」なんてある意味ちょっと試すような嫌な言い方をしてしまったのは、単なる興味からくるものだと許してくれていたらいいのだが。

 

とにかく、その奥さんの言う事が正しいのなら、私が見たものは「害のないもの」であった、と思う。

 

実家の私の部屋に出るものは色々で、頻繁に現れるわけではなかった。

でも、連続して数日間、という事が多かった。

よくある「金縛り」というやつにあう事もあったが、それは多分疲れていただけだろうと思うし、なんなら私が「見た」と思うものは疲れすぎたが故に見えた幻覚か、夢だったのかもしれない。

『連続した数日間の間』というのがまた、その可能性に拍車をかけている。

人間って、疲れただけで熱が出たりするのだ。

でも、疲れただけで、幽霊が寄ってくる事もあるのかもしれない。

 

いくつかの記憶の中で鮮明に残っているのは、「小さな手」だ。

 

当時私は高校生だった。

疲れていたかどうかは記憶にないが、いつも通り自分の部屋で眠ってた時の話だ。その頃はベッドではなく、壁の隅に布団の角を合わせるような状態で、毎日床に布団を敷いて寝ていた。

ふと明け方、薄暗い中目を覚ますと、部屋の中をスリッパで走り回る音がするのだ。

もちろん、私はその部屋にひとりで眠っていたし、真夜中にスリッパをはいて走り回るような変わり者は家族の中に居ない。そんなもの、ある意味幽霊より怖い。

スリッパをはいて走ろうとすると大抵、かかとの部分がパタパタ鳴ってしまうと思うのだが、まさにその音がするのだった。

しかも大人じゃなく、子供だ。

子供は歩幅が小さいから、どうしたって走ろうとすると大袈裟に音が鳴ってしまう。その不器用な音だったのだ。

 

その足音は部屋の中をぐるぐる回っている。

遠ざかり、私に近づき、遠ざかり、また近づく。

 

私は寝ぼけながら「うるさいな」くらいにしか思っておらず、何故ここに居るはずのない「子供」が自分の部屋でスリッパをはいて走り回っているか、なんて考えなかった。

しばらく続いたその音がふっと止み、背中に妙な気配を感じた瞬間。

体がビンッと硬直した。

これは「金縛り」というやつか?…と妙に冷静なまま、背中に薄ら寒い空気を感じながらゆっくり目を開けた。

体は動かなかったが、目だけは動かせたのだ。

夜が明け始めているので、うっすらと周りは見える。

私は壁側を向いていて、視線の先には部屋の壁と、敷き布団の左角がある。

 

そこに、生まれたての赤ん坊の手くらいの。

小さな手が。

 

ちょうど壁と布団の間から生えたかのようにニュっと出て、私の敷布団にかぶせられたシーツをグイグイと引っ張っている。

ただ引っ張っているだけで、壁の隙間に布団が引きずり込まれるとか、吸い込まれそうとか、手がどんどん伸びてくるとかではない。

ただ、シーツをグイグイと引っ張り続けているだけ。

途中でこれは夢だな、と思い、夢から覚めようと何度も目を閉じたり開いたりしていたのだが、そのうち体の硬直が解け、「金縛り」の状態がなくなってきた。

無くなってきたにも関わらず、相変わらず目の前にはっきり見える小さな手が、さすがにちょっと怖くなった。

「夢だよね~…」

なんて、確かめるようにひとりごとを声に出して呟くくらいには、きちんと目覚めていたつもりだったのだが。

そこから記憶がストンと無くなっているので、眠ったのか、それともやはり、夢だったのか。

 

ここまでで終わるなら、よくある「心霊体験」の部類なのだろうが、まだ終わらない。

次の日も同じように、スリッパの子供は走り回ったのだ。

いや、実際見ていないので走り回っているのかはわからないのだが、同じように部屋の中をパタパタと足音を立てて回っていた。

 

遠ざかり、近づき、また遠ざかる。

 

でもその時点ではやはり「怖い」という感覚はなく、「うるさいなぁ」程度にしか思わなかったのだから、私が夢を見すぎなのか鈍感なのか、もはやよくわからない状態である。

 

足音は二晩続き、その後はぱったりと現れなくなった。

小さな手に至っては、初日だけしか現れなかった。

 

走り回っていた子供と、布団を引っ張っていた手が同じ「もの」かはわからない。そもそも「もの」なのかもわからない。夢かもしれない。確かめようもない。

 

もう一度言うが、私には「霊感」はない。

多分、寝ぼけていたのだと思うし、もしかしたら学校生活で色々と疲れていた、のかもしれない。

でも、こんなにもハッキリ見えるの?と思うくらいにハッキリ見えたあの白い小さな手が。

20年経っても、忘れられないのである。

 

 

 

余談だが、後日母親にこんな事を言われたので参った。

 

「そういえばあんた、夜中に走り回るのやめてよ」

 

 

 

 

小話

Posted by 岡枝